「フラメンコ」と「ブラジル音楽」についての徒然。

フラメンコギタリストの神、パコ・デ・ルシアに首ったけになったのは大学生の時。ちょうど20年前くらいだろうか。

ちょうどカルロス・サウラ監督の「Flamenco」という素晴らしいドキュメンタリー映画が公開されたこともありズブズブとハマっていき、以来、ずーっと好きでフラメンコをコアに聴いていた。

当時はまだVHSの時代で、マニアックなフラメンコのビデオを買い揃えては(白黒の映像のやつとか)文字通り目を皿のようにして見ていた。

パコのCDもほとんど揃えて、好きなCDになるとフレーズを暗記するくらい聞き続けていた。

(とかく「ブラジル音楽」というワードで自分の音楽は語られることが多いけど、他のジャンルの音楽も(めちゃ偏ってたけどw)同じかそれ以上に聴いていた)

そんな大好きなフラメンコギターを、意を決して独学で始めてから2年強くらいになる。

最初はアクの強いジャンルなので、自分の音楽に弊害が出ないかな、ということを気にしてたんだけど、始めたらそんなこと全く気にならなくなるくらいハマってしまった。

まず今まで学んできたジャンルのギターとは段違いに基礎のテクニックが難しいこと、

そしてそもそも「コンパス」と言われるフラメンコの12拍子のリズムが死ぬほど魅力的かつ複雑で難解なこと。

何より「ファルセータ」と言われるギターの小曲が基本的に各々の奏者任せで、作曲することがとても好きな自分にハマったこと、

そんなこんなで、今やライフワーク、と言えるくらい(実際今、家ではほとんどフラメンコギターしか弾いてない)自分の生活には欠かせないものになった。

 

自分にとってフラメンコの一番の魅力は「厳格なリズムの決まり」と「その中でいかに自由になるか」という一見相反する事象のバランスにある、と思う。

 

例えばブラジル音楽は最小限の決まりはあれど、基本的には「完全な自由」が保証されていると言っていい。どういうハーモニーを、メロディを使っても、小節が半分伸びようが縮もうが、それは奏者の作者の自由だ。つまり「センス」を自由に音楽に反映できる、という部分があると思う。(ゆえにあれほど個性的なブラジルのミュージシャンを多数輩出した、と言える。)

 

先日某雑誌でフラメンコギタリストの沖仁くんと対談したとき、沖くんはヘレス(フラメンコの聖地の1つ)の空港に降り立って乗ったタクシーの運転手さんに「おまえギターケースなんか持ってるけど、まさかフラメンコを弾くんじゃないだろうな。何?弾く?フラメンコはアンダルシアのジプシーにしか弾けないんだ。魂が違うからな。」と言われた、という話。(こえーー…)

 

片や、自分がブラジルにレコーディングに行った時も、他の場面でブラジル人のミュージシャンに会ったときも、「おー、サイゲンジか!おまえのCD聞いたぞ!7曲目のあの曲が良かったなあ…おまえは本当にいいミュージシャンだ。」などと自分が日本人であることなど、何の関係もなくフラットかつオープンに受けいれてもらった経験がほとんどで、それを沖くんに話したら、「羨ましい 笑」と。

 

これはフラメンコとブラジル音楽がかなり対極の部分がある、という1つのサンプルだと思うけど、

思うにその両方の部分、対極の部分、のどちらをも自分は欲している、ような気がする。

 

フラメンコギターを練習すること自体は多分にマゾヒスティックな部分があって(パコもインタビューで言っていた)、ライブというアウトプットの多い自分にはインプットのエネルギーになっているのは間違いない。(ライブはやはり「放出する」というエネルギーが大半になるので)

 

あと単純にフラメンコギターを練習していれば、ギター自体は絶対にヘタにならない(これは発見でした)、退化しない、という部分があって、これは有り難い部分ではある。

 

フラメンコギターはずっとライフワーク的に死ぬまで弾き続けると思うのだけど、果たして「フラメンコギタリスト」になりたいのか?と聞かれたら、「いや、それは全くないです」と断言します。

 

フラメンコギターはやはりフラメンコの中でこそ(特にカンテと呼ばれる歌とのコンビネーションの中でこそ)生きる、というのはフラメンコの好事家である自分だからこそ痛感するし、そこに自分がいる資格はない、つまり身を捧げる気がなければダメだ、というのは骨身に沁みてわかる。

 

ブラジル音楽もしかり、ポルトガル語をちゃんと理解してない自分にはブラジル音楽は「音として」しか自分の脳には入ってこない。(多少話せる英語ですらそうなのは不思議だ。バイリンガルだと違うんだろうなあ)

 

日本語で歌えば、「言葉として」脳に入ってくる。自分が母語でオリジナルを作って歌うのはそこに尽きる。

 

結局のところ自分はどこにいても音楽的にジャンル的に「はみ出して」いて、でもまあ意図的にはみ出している部分もあるので 爆 その天邪鬼こそが自分の音楽とも言える。

 

そうか、ちょうどフラメンコとブラジル音楽みたいに、ってことか。

 

 

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